夢を見る方法

スリヴァ子爵領コラントからカイエ子爵領イパレに向う街道は森の中を通っている。
街道と言っても、どちらかというと脇扱いだ。
街道西側にそびえる霊峰セラフィクスの反対側を流れるボロクド川の水運の方が交通量が多い。
一度に多くの人や物を運べるし、何よりアルパクス樹海を通る街道は、魔物や野獣はもとより、
盗賊までが出没する危険な道であったからだ。無論、船に乗るには金がかかるものだから、
手持が心細い旅人は好むと好まざるとに関わらず街道を行くしかなかったのだが、
コラントの街を出発してから森に入りいくらもいかないうちに追剥ぎの現場を見てしまったアイリスは、
少々落胆してしまった。

どうやら物事は宿の主人の忠告通りに運んでいるようだ。まったく、世知辛い世の中だこと。

宿の主人は言ったものである。どうしても街道を歩かなくてはならないなら、
イパレに向う旅人を集めて団体を組み、それから出発した方が良かろうと。

例えその言葉が、仲間を集める間、
自分の宿に逗留させて金を落とさせようとの考えから出ているとしても、その方が良いと解っていた。
一人で旅をするよりも大勢で徒党を組んだ方が安全だという事は。

アイリスは十四歳の少女だ。女の子一人が危険な樹海の街道を歩くなんて、
すすんで狼の口に入っていくようなものだという事は彼女にだって理解できる。

しかしである。彼女の手元が心細い事もまた確かで、船便に乗れないイパレへ向う貧乏人、
あるいはならず者などの心を許せない連中を集める為に長逗留するなんて無駄な事だと思えた。
うだうだ悩むよりは、さっさと出発してしまう方がいいに決まっている。
だからこうして樹海の街道を歩いてきたのだが、その端からこれである。
がっかりするのも無理はなかった。

抜き足差し足で物陰に隠れつつ、アイリスは近づいていく。
追剥ぎは三人。全員人間やめて化物入りした方がいいような顔をした男たちだ。身なりも不潔。最低だ。

追剥ぎに遭っている被害者と言えば、こっちは掃き溜めの鶴だった。
輝くような蜂蜜色の髪、肌も透き通るようだ。
どうやら若い男、いや少年といっていい年頃らしいが、旅人の割には軽装である。
ちょっとそこまで、と言った装いだ。顔立ちはどうみたって上品な家庭で育ったもの。
物乞いや貧乏人の出であるとは思えない。奴隷として売ったなら、
まず最低でも銀貨一万枚は下らないだろう。

「丸腰でこんな道を歩くなんて、ただの馬鹿かな?」

いや、そんな事よりも、アイリスは迷っていた。

このままやり過ごしてしまえば事は簡単だ。
哀れな金髪少年が一人、スパレスの奴隷市場に並ぶだけである。
十四歳と言う夢見がちな年頃の割にアイリスは擦れていた。
自分自身で身を守れない、守る知恵のない者が割りを食うのは当然の事。
奴隷として生きていけるだけでも運がいいと思わなければならない。
金髪の美少年だろうと何だろうと、それは変えられない事だ。
少なくとも彼女にとっては老若男女や美醜は関係なかった。

問題なのは、今ここでこの追剥ぎをやり過ごす事が得策かどうかだ。
今は自分に火の粉が掛からなくても、帰りに遭遇する場合もある。
あの金髪の少年ほど無防備ではないが、しかし彼女も非力な十四歳の少女である。
半分以上人間やめているような荒くれどもの相手など、まともにできる筈がない。