剣王説話

千数百年の昔にはこの地上に巨大な文明が存在していた事が伝説や古文書等で知られている。
人間は地上はおろか天上、星々の世界まで支配し、
事実上の万物の王、全てにおいての君臨者であったと言う。

しかし、人々の慢心は自らを滅亡に招くものだった。
ほんの些細な事から始まった大規模な、星々の世界をも巻き込んだ激しい戦いは、
人間に理知を失わせ文明を滅ぼしていった。

やがて、人間が同胞と相争えぬほど衰退してしまったとき、
自然は長く忘れ去られていた凄まじいほどの猛威をふるい始めた。
人々の愚かな行為によって遺伝子操作され生み出されたモンスターは情け容赦なく人を脅かし、
人々は長く忘れかけていた奇跡の技『魔法』と弱体してしまった体を強化して、
それらの脅威に対抗しなければならなかった。

いつしか時は流れて、人々が過去の技術…その昔、
反重力磁場発生装置と呼ばれた空飛ぶ機械と擬似生体工学と呼ばれた駆動原理…を発掘し、
理解したとは言えないまでも模倣できるまでになった頃、
人々はかつての万分の一とはいえ力を取り戻し、狭い世界での縄張り争いをするようになった頃…

ヴァア大陸東端の島国ボゥが突然、侵略戦争を始めた。
ボゥはもともと古代機械の発掘や古代学問…いわゆる科学と呼ばれるものから
魔術に至るまで…の研究が極めて盛んなところで、
この頃の王侯貴族のステイタスであり人の力の象徴であった巨大な人型、
鉄甲騎士(アウフトリエブ・リッター)とこの時代の主な輸送機関であった船
(反重力装置で浮いている浮き船。普通の帆船は舟と呼ばれている)の技術が最も高く、
製造量も最も多い国だった。鉄甲騎士(アウフトリエブ・リッター)と
浮遊戦艦で整えられた強力な機械化部隊に大陸の諸列強もなすすべなく敗れていき、
ボゥの世界統一は時間の問題かと思われた。が、ボゥはちょうど大陸の真ん中、
マルダの大樹海まで侵攻すると、その侵略をぴたりと止めた。

一般の風説ではマルダ大樹海以西の、
ボゥの大侵攻以前まで世界の覇権を争っていた七王国が同盟し連合したため、
ボゥも侵略の二の足を踏んだのだと言われているが、実際のところは定かではない。

ともあれ人々は、力の均衡と言うあまり有り難くない事の産物ではあったが、
一応縄張り争いから解放され、平穏な日々を送っていた。

静かな鳥のさえずりしか響かぬ樹海の最深部で、その爆音は突然の雷鳴のように轟いた。
鳥達が慌てて騒ぎながら飛び立つ。それに顔を上げたものが二人いた。

一人はヴォルガ…豹のようなしなやかな鋭い爪を持つ四肢を備え、
持久力に優れた牛のような胴体を持つ。顔は猫科のようだが草食で大人しく、
人に飼い慣らされる事もあるが大体樹海の深部の木の上に住む・・・に荷を乗せて引いている、
褐色の肌に黒い巻き毛と黒い瞳を持っている可愛い十二・三歳の少年で、
大陸南部の痩せた大地に住むヴェドウィンたちのように
円柱型の房のついた帽子を被りチェックとズボンを身につけていた。

もう一人は…けったいな人物である。まず白いのっぺらぼうで、
ただ目の部分だけくりぬき鼻を示す盛り上がりがあるだけの仮面を被っているので顔の様子は窺えず、
また体格も男にしては華奢で女にしては骨太であるので男女の区別もつけられない。
後頭部から首にかけてフードで覆っており、また白い手袋をはめているので髪の色も肌の色も解らない。
背はすらりと高く余分な肉はついておらず、
厚手の西方の騎士が好んで着る『戦士の服』と腰に挿した長剣で、
かの人の職業が剣士という事だけは想像がついた。

その仮面の人物が褐色の肌を持つ少年を振り返って言った。

「アルデシール、木の上に登れ」