NOISE |
今まさに明けようとしている世界の美しさを知っているかい? 僕は最近この美しさを知ったばかりだ。 明け方の寒さに身を震わせて起きてしまった朝は途方にくれていた。 まだ外は暗くて誰も起きていない。毎日の仕事で疲れ果てている父さんや母さんは尚の事、 牛乳配達の小父さんも、新聞配達のお兄さんも、朝一番に犬を連れてジョギングする笠原さんもいない。 何時の間にか布団を蹴っ飛ばしていて、凍えた僕は慌てて布団を掻き寄せた。 僕の体から離れてしまった布団のシーツはひんやりと冷たく骨の髄まで凍えそうだ。 それまでは半分寝ぼけていたというのに、 その冷たさでもう僕の体にこびりついていた気怠さは吹き飛んでしまっていた。 それでもしばらくは布団を被って天井を見詰めていた。 冷たい夜気に透き通った空気を間に置いて眺める天井はいつもよりも間近に見えた。 僕の寝相はあまりよくない。枕は何時の間にかなくなっているし、 酷い時には足と頭が入れ代わってしまって眠っていた事もある。 だから改めて枕を頭の後に入れると世界はいつもよりも新鮮な世界を広げてくれる。 だが改まった新鮮な驚きという奴はあまり眠気を誘わないもので、 冷えた空気とともにますます僕の頭をはっきりと目覚めさせていくようだ。 頭の向きを変えて時計を見る。まだまだ学校に行くには早すぎる。 宿題は全部やってしまったし…、そういえば竪笛のテストが今日はあったっけ。 でも皆が眠ってしまっているというのに喧しい音など立てられない。 起きている時でも煩いと怒鳴ってくる姉さんがいるのだから、これは諦めなければならない。 でも暇で退屈だ。ごろごろと布団の中で転がるのは嫌いじゃないが、でも次第に飽きてしまう。 小鳥も起きていないほどの早朝で囀りさえも聞こえてこない。 以前一度だけ起きた事がある真夜中過ぎのようで、 しかしあの時と違いすりガラスの向こう側が仄かに明るいが、 けれどもそれ以外は規則正しい時計の針の音だけが執拗に耳につく。 それがまたやたらと勘に障るのだ。もう一眠りすればどうって事ないさ。 そう考えてもやっぱり針の音は布団を頭から被った僕の耳の鼓膜を叩いてくる。 それを何十分我慢しただろう。 いや、実際にはまったく時間など経過していなくて僅か数十秒の事かも知れない。 もう駄目だと思った僕は布団を片付けパジャマを脱ぐとズボンとシャツとセーターと、 少し考えてからジャンバーと襟巻きを身につけた。 退屈で気分が悪くなりそうだから朝御飯まで散歩に出かけようと思い立ったのだ。 早起きは三文の得と言うのだから、何か良いことがあるかもしれない。 良い事に出会うには家の中でごろごろしていてはいけないと考えたのだ。 玄関から出て息を吐き出すと、それは白い靄となって消えた。 白い吐息がほっと出て、それから空気の中に消えていく。 何気ない事なのに妙に新鮮に感じるのは何故だろう。 不思議だねと自分自身に呟いてから歩き始めた。 僕の住んでいる町は緩やかな坂が支配している。 もともと丘陵地を宅地化したって学校では習ったけれども、そんな事は別にどうでもいい事と思える。 登ったり下ったり、登ったり下ったり。それに合わせて家の塀も電線も右上がり左上がりと変化する。 そんなたわいのない事が妙に嬉しく新鮮に僕の瞳に映った。 |