Diadochoi

クロディウス歴七八九年、ファウスト帝国第三王朝八代皇帝、
アウグスツスV世が死んだ。享年三十八歳。

俗に『大帝』と呼ばれた皇帝は、父である先帝アキレスの後を継いで十五歳で即位した。
時は乱世であった。クロディウス歴元年から続く、
北大陸(ノーサ)を支配したファウスト帝国も第三王朝が成立した頃から弱体していた。
第二王朝と呼ばれるラディウム朝が滅亡し、群雄割拠の時代を制したのは確かに第三王朝、
ウロポロス朝を建てたアウグスツスU世だったが、覇を競った最大のライバル、
バウマン王国を完全に征服する事ができず、ウロポロス朝は歴代王朝の中で最も弱体の国家だった。

もともとアウグスツスU世を擁する貴族連合であったウロポロス朝は、
諸侯との微妙なバランスの上に成立しており、
そのバランスも一度揺らせばすぐにも崩れてしまうような脆い物だった。
現にアウグスツスV世の父アキレスも兄である先々代皇帝ロムルスを殺して即位したのだし、
アキレス自身も弟のレムスに毒殺されたと囁かれている。

親族は信用できず重臣達も己の利益の為ならば皇帝家をないがしろにする事とて平気でやる。
アウグスツスV世が即位した頃のウロポロス朝は既に末期症状を呈していた。
アウグスツスは野心家だった。それも能力のある野心家だった。
幼い皇帝である事を侮り、次々に他国に寝返る貴族が出る中、
彼は自ら剣を握り反対する勢力をことごとく抹殺した。
父祖が百年以上かけてできなかった事を彼は十年あまりでやり遂げたのだ。
彼の手によりウロポロス朝は結束力を持つ国家に変貌した。

彼はそれからすぐに自分の巨大な野心に向かって邁進した。
それは北大陸(ノーサ)の再統一だった。
かつてファウストの第一王朝クロディウス朝は北大陸(ノーサ)の要部を全て押さえ、
周辺諸族を従えた世界帝国だった。彼はそれを自分の手で、もう一度実現しようとし始めたのだ。
能力主義の人材登用。中央集権。そして豊かなファウスト大平野を押さえた経済力。
それらを縦横無尽に使いファウスト帝国は圧倒的な力を見せ付けた。

その頃既に、北はラーダット王国、西はロード王国、そして東南、
イングラッド半島には宿敵バウマン王国がそれぞれの地方を治めていたが、
今までにないファウスト帝国の攻勢に始終押され気味でとても対抗する事はできず、
誰もがアウグスツスV世による統一が実現すると思っていた。

その矢先である。アウグスツスV世はあっけなく熱病に倒れて死んだ。
列国の君主が幾度も魔術師(メディスン)や間者を使って暗殺を試みたというのに、
一度として彼を傷付ける事はできなかった。その悪魔のように恐れられた男が、病で死んだ。

北大陸(ノーサ)中がしばらく茫然自失の状態になり、そして我に返った早い者勝ちで、
策謀を巡らせ暖めていた野心をフル回転で作動させる。

後継者(ディアドコイ)戦争の始まりである。