The Lowest Days

秋風がラルゴの川面を走る頃、
ファウストの古都ウロポロスにもようやくかつての活気が戻りつつあった。
この春までは都市の半分以上が廃墟となっていた町だったが、
イクサル商人が本格的に乗り込み、商取引が増えるごとに人々の数が増していく。
百年戦争以来の荒廃を取り戻すには時間が足らなかったが、それも遠からず達せられるだろう。
ウロポロスの人々はそう笑みを浮かべる。この年の始めまでは考えられない事だった。

ウロポロスは千年近い年月、北大陸(ノーサ)を制したファウスト帝国の首都で過ごしてきた都市だった。
最盛期には百万を越す人々がラルゴ川を挟んだこの街に住んでいたという。
だが栄華は長く続かない。第三王朝の中期に起こった帝国の軍事実力者たちによる覇権闘争、
いわゆる『後継者(ディアドコイ)戦争』を皮切りに北大陸(ノーサ)全土は諸国の思惑と
皇位継承争いが絡んだ泥沼の戦いに巻き込まれた。世に言う百年戦争である。

対立の構図がはっきりしているなら問題も見えてくる。
だが百年もの間諸国が争いに巻き込まれたのは、
その都度で目的と味方と敵を変える支配者たちの定見のなさが原因だった。
いずれにせよウロポロスは目まぐるしく変わる二つの陣営にとって最も得難い拠点であった。
北大陸(ノーサ)で最も豊かなファウスト平原を南北に縦断するラルゴ川沿いにあり、
またラルゴ川を下りリジュに出れば内海(マラブ)を巡る交易網と繋がる。
南ファウストの中央に位置して陸路の交通の便にも通じている。
そして千年の長きに渡って世界の富を吸い上げてきた都市だった。
無論、ファウスト皇帝の都である事も理由の一つだ。

皇族同士の内乱、それに乗じた略奪。地方での戦乱が交通を遮断してウロポロスを干上がらせ、
そしてついにはランス王の鉄騎兵が全てを蹂躙した。諸国の疲弊と最後の皇族の死によって、
果てしなく続くと思われた原因不明の愚かな戦いは終息した。
だが誰かが幕引きをした戦いではなかった。ファウスト全土は分断され、
力を持ち始めた都市商人たちと分断された事によって力をつけた地方豪族が割拠する。
それを一つにまとめようとする野心も気概も、もはや誰一人持ち合わせてはいなかった。
誰もがようやく終わった戦に安堵するばかりだったのだ。

それでも二十年以上の年月は割拠した勢力を大きくまとめ始めていた。
権力は分散と集合を繰り返す。分散を見たのならば集合に転じるのは自明の理だった。

比較的安定しているのは東北に位置するウィステリアだった。
早くからウロポロスの宮廷との繋がりを絶ち、
独自の道を歩んでいたウィステリアは王号を名乗り独立国として最初に立った国だ。
次に財力を持つ商人たちを旗頭とする都市共和国が台頭した。
絹、綿布、毛織物で財を成し、ランス王やランス、ラーダットの貴族にも金を貸しているデレーヌ。
そして同じく毛織物で財を成しながら逸早く金融業を始めたアンテルノ。
それらは金の力で百年戦争後の北大陸(ノーサ)を牛耳り始めている。

対してスポレート星辰神殿領やラルゴ川水系の中央部は混乱が著しい。
星辰神殿はもともとファウス皇帝の学術機関だった。
時代が下り皇帝たちの手から離れはしたが、やはりその権威に預かるところは少なくない。
帝国の崩壊は彼らの直轄領を直撃した。皇帝の後ろ盾のない神殿など何の脅威でもない。
神官たちに代わって地方を治める代官たちはそのまま根を張り、半ば独立した領主として割拠する。

帝国の中枢を担ったラルゴ川流域は、戦いの被害が一番酷いところであり、
豪族達を支配する権力者は現れなかった。
ただ豪族達は自分たちの盟主として話が解り自分たちの利益を
代弁してくれる者を選んだに過ぎなかった。
それが北から順に、アドロッツィ、サヴォナローラ、ロドリマイオスの各家だ。