R'ecit de Voyage

暖炉の前で二人の幼い子供らが父親の登場を待っている。
二人の顔立ちはよく似ていた。男の子の方が褐色の肌と藍色の髪と瞳を、
女の子の方が抜けるように白い肌とプラチナブロンドの髪と
濃い紫の瞳を持っているという違いはあったが、確かに二人は兄妹である。
子供らの顔は期待に輝いていた。何せ久し振りに父が帰ってきたのだ。

彼ら兄妹の父親はめったに家に帰らぬ人だった。
交易商人であり、自称『冒険家』である父は一年の三分の二を留守にしている。
その間、家を切り盛りしているのは母親だったが、
口がきけない病を負っている母親は優しく慈悲深い存在ではあっても、
兄妹たちに楽しいお話を聞かせてくれる人ではなかった。

彼らは好奇心一杯に瞳を広げて、いつでも、どんな人にでも『お話』をせがむのだ。
家事で忙しい母の代わりに街の古老に話をせがんだり、
訳も解らぬのに街角講釈師の講談を聞いてみたりしている。
さすがに話好きの老人たちもこの兄妹たちには手を焼いているらしい。
他の子供と違いいったん話が始まるとそれは大人しく聞いている。
どんなにつまらない話でも熱心に聞く事は聞く。だが二番煎じだけは絶対に許さないのだ。
少しでも同じ話だと解ると、「それは前に聞いたよぉ」と二人揃って大きな声を上げて不平を言う。
怒鳴ろうが怒ろうが二人は一向にへっちゃらで、相手を小馬鹿にしつつ去っていってしまう。
不思議な事に、この兄妹たちが熱心に通う間は講釈師のまわりには
人垣ができ商売繁盛で結構なのだが、いったん彼らの足が遠のくともう駄目だった。
まるで幸運を呼ぶ小人のように語り部たちに客を呼び、
興味が遠のき去ってしまうと客足さえも奪ってしまう。
街ではこんな噂が流れているが二人はそんな自覚もなく、面白い楽しい話を探している。

そんな二人をいつも裏切らないのは父親だけだった。
父は家に戻ってくる度に二人に商用の旅の間にどんな事が起こったのか逐一話してくれる。
海賊に襲われた話とか、暴風雨に巻き込まれた事とか。海の上での話ばかりではない。
ある街である商人にどれだけぼられただの、半分以上値を値切ってやっただの、
商談上の失敗談、成功談も交えて話してくれる。
そして二人にとってもっとも嬉しいのは父自身の冒険談だった。

自称冒険家の父は商用の旅のついで探検とか厄介事とかに関わるのだ。
どちらかというと商売の方がついでなのかもしれない。父はいつも話してくれた。

南大陸(サウサ)の大密林で猛獣に襲われた事、
東外洋(イース・グラーバ)での幽霊船やら海の怪物との不思議な邂逅、
西外洋(ウェス・グラーバ)の果てにある西大陸(ウェサ)の
赤銅色の肌の不思議な人々との出会いなどなど。
全てが父自身の経験に裏付けられていたからいっそう真実味があった。

もっとも母にその事を言うと苦笑して決まり文句を会話用の紙に書くのだ。
「お父さんは法螺話の天才なのよ」と。しかし面白い話さえ聞ければいい二人にとって、
事実か嘘かはどうでも良かったのだが。

その日、父は長い旅から戻ってきた。抱えきれぬほどの土産を持って。
そんな土産も子供達は嬉しかったが、だが一番の期待は新しい父の話だった。
今度はどんな冒険をしてきたのだろうと期待に胸が膨らむ。だが父はなかなか現れなかった。
退屈を噛み殺し二人が暖炉の火がはぜる音を聞きながらうとうとし始めた時、
ようやく父は二人の待つ部屋へやってきた。
買ってきてもらったばかりのお土産のウェス・マラーカ産の絨緞に寝転がっていた二人は、
途端に起き上がって椅子に腰掛ける父の足にしがみついた。