Punks!Sine

マリア・アリーチェ・E・グイッチャルディーニは投資家である。
普段は築ン十年の古びたアパートの一階に設けた事務所に座り、
アパートの管理人をしている…と思いきや管理人業の方がついでみたいなもので、
本業は株や土地の投機取引なのである。

イタリア人の父親と、日仏ダブルの母親から生まれた彼女は、
日本語とクィーンズ・イングリッシュを駆使して、ネットと電話を使い、
朝起きてから夜寝るまで売った買ったを世界中で繰り返している。

弱冠二十代なので資金力はそれほどでもないのだが、
堅実な投資家としてその筋では一目置かれているらしい。

彼女に言わせれば、そのビルもそういう取引の一つで手に入れたようだ。

一九五○年代に建てられたらしいそのビルは、前半分が鉄筋コンクリート、
後半分が木造という特異な構造をしている。事情通の人に言わせると、
当時の都市計画に則り、道路に面した場所は防火対策として鉄筋コンクリートが義務付けられ、
補助金も出たらしいのだが、後半分は木造でも見過されていたらしい。

そんな訳で、この古びたビルも前半分の五階建ては鉄筋コンクリート、
後半分の二階建ては木造という、なんとも中途半端なつくりになっている。

別にマリア・アリーチェが変な建物好きという訳ではない。
価値があるのは土地そのもののみで、
もう十年以上使われていない建物には興味も価値もないそうだ。
「はっきり言えば、建物を壊して駐車場にするなりしないと、
税金ばっかりで損しちゃうんだけど、あの一画をまとめて再開発しよう、という動きがあるのよね。
その話し次第では、私が壊さなくてもそのまま売れる可能性があるのよねぇ」

マリア・アリーチェはそんな事を従妹の遠藤由香に言ったらしい。

「だから壊さないの?」

「そうねぇ。あの建物壊すだけで千五・六百万円はかかるでしょうし、今、手持ちの資金が厳しくてね」

マリア・アリーチェは苦笑いしたようだ。
堅実をモットーとしていても投機なんて山師の仕事である。
かなりの火傷を世界の何処かで負ったらしい。

「私としては、変な噂のある建物だから、とっととまっ平にした方が売りやすいと思うんだけど…」

クリームブロンドの頭を掻きながら彼女は由香にそうのたもうたらしいが、
由香としては、その噂こそが重要なのだ。

「へぇ。でもさ、その噂を確認すれば、壊さなくても高く売れるんでしょ?」

「時と場合によるわね」

「だったらさ〜…」

そして、その由香の言葉の挙句が、今の徹の状況だった。