ハヴォルスキー卿の冒険

時は冬の晩。ところはナース・ファリー某所。
オプティヌマの真珠と歌われる運河の都を一望に収められる場所に、その人影はあった。

「ご覧ハニー。これが世界に冠たるトランシルバニアの都さ。僕にとっても五年振りの帰郷だよ。
ああ、懐かしきオプティヌマの女王に乾杯さ」

確かにここからならば美しいナース・ファリーの夜景が一望で見渡せる。
普及し始めたばかりの電灯と、一般的なガス灯が幻想的なまでに都を浮かび上がらせている。

少々臭い台詞を吐いたのは髭面で大柄な中年男だった。
彼がハニーと呼んだのは、まだ十歳になるかならないかの幼い少女である。
おい、ロリコン狒々ジジイ。青少年保護条例に引っかかるどころか、淫行罪でとっつかまるぞ。

「ん?何か変な声が聞こえたようだが…」

「あら、ここには私たち二人だけよ、ダーリン。でも、とっても綺麗ね。こんなに大きな街は初めて…」

少女はうっとりと目を細めて中年男に寄り添う。
中年男、でっぷりとした腹を苦労して引っ込めると、中腰になって少女と同じ目線に降りてくる。

「そうだね。君はナース・ファリーが初めてだったかな。
しかし街の光は美しいが、君の瞳にはかなわないさ」

やめろ。背中がむず痒くなる。

「こんな大きな街なら、さぞかしお金もお宝もたくさん眠っているのでしょうね」

「そうだよ、ハニー。お金やお宝は、僕達が助けに来るのを待っているのさ。
僕には聞こえる!金庫の中で、宝石店のショーウインドで、美術館の中で!
多くの財宝が僕達に助けを求めているのだよ!」

「メルヒュエンね、ダーリン。…でも、現実は厳しいのよ」

おい、ガキんちょ。子供のくせに、その憂いに満ちた目付きはやめろ。

「何かしら、今の無礼な声は」

「気のせいだよ、ハニー。しかし君の言うとおり、世の中には無粋な連中が満ち満ちている。
メルヒュエンを解さない愚かな人間たちは、僕達のロマンを解さないのさ。

しかし、僕は誓う!」

中年男、どこからともなくマントを取り出して翻すと、
突然二人はスポットライトの真ん中に浮かび上がる事になった。ちょっとまてこら、ここは屋外だ。
スポットライトなんて設備はないぞ。

「何だか変な声がさっきから聞こえるが…気のせいだろうか…はっ、!
いかんいかん、こんな事で場の流れを澱ませてはいけない。えっと、どこからだったかな…」

「『僕は誓う!』からよ、ダーリン」

「そうだったね、ハニー。『僕は誓う!』」

中年男、その汚い髭面でスポットライトを正面から受ける。

「必ずやナース・ファリーの財宝という財宝を救い出し、
世の退屈に沈み切っている人々に、あらゆる刺激と感動を与えると。
そう、僕の名は怪盗、怪盗ハヴォルスキー卿なのだからね!」