新月〜黄金時代〜

少年は腹を空かせていた。実際酷いものだ。この二・三日、ろくなものを口にしていない。
食用の木の葉だの木の根だの、人間らしい食べ物を食べていないのだ。
一枚の銅貨すら持ち合わせていないのだから仕方ないのだが、他にも理由はあった。

彼の姿はそこらの子供と違いはない。
ただ容姿と雰囲気は何処にでもいるというものではなかった。
ここまで見事な夜色の髪を持った子供はこんな街道外れの山の中を歩いたりはしないだろう。
四肢はアンバランスなほどに伸びているが肌の色は病的なほど白くはない。
特に特徴的なのはその瞳だった。極めて神秘的な夜明け色の瞳。
紫、茜色、薄桃色のグラデーションを持っている不思議な瞳だ。
それが無邪気ではあるが得体の知れないふてぶてしさを持っている。
簡単に言えばちょっと生意気そうだ。可愛い容姿を持っているが、
誰にも飼い慣らせない野性の獣のような気概を彼は持っている。
人には慣れない山猫のような雰囲気がある。

持ち物も可愛い外見には相応しくないものだ。小汚いずた袋に、袋から顔を覗かせている剣の柄。
どうみてもそれは大人用の長剣の柄だ。

少年は辺りを用心深く探りながら歩いている。ようやく彼は街道に出てきた。
まだ辺りを窺っている。自分を狙っている視線がない事を確認して、
彼はやっと安心したように溜め息をついた。途端に空腹が耐え難いものになってくる。

そう、彼はここのところろくな物を食べていなかった。
だいたいからして彼は真っ当な人間ではなかった。産まれた時から孤児で顔見知りの肉親といえば、
同じような顔と体つき同じような瞳を持つ双子の弟ぐらいなものだ。
二親の顔などまるで見た事がない。父親は自分たちが産まれる前に死んだというし、
母親は産褥熱に耐えられずに自分たちを産んだ直後に亡くなったらしい。
後はどこかの神殿で親切な僧侶に育てられたらしい。
らしい、というのは物心ついた頃に彼はある剣士に引き取られて行ったのであまり覚えていないからだ。
実をいうと弟の顔も良く知らない。ただ本当にそっくりだったと言われるので、
水に映った自分の顔を見てこういう顔をしているに違いないと思うぐらいなのだ。

剣士がいうには自分は太刀筋がいいらしい。だから一生懸命修行して一人前の剣士になれ、
と言いたいらしかった。剣士といえば高尚そうに聞こえるが、
やり手の傭兵隊長というのが本当のところだ。
彼を引き取ったのも将来戦力として有望だと思ったからに違いない。
そのため、同じ姿でも太刀筋の悪い弟は剣士には引き取られなかった。
彼はその時の事をよく覚えていない。ただ弟は少し要領が悪かったなと、
そんな事を思い出すぐらいだった。

剣士の見立ては悪くなかった。彼はすぐに、異常とも思えるほど剣の腕を上げていった。
十歳の時にはもう育ての親の剣士すら太刀さばきではかなわないぐらいだ。