新月〜魔王〜 |
暗い空の下、遥かに雷鳴が轟く。 雨が近いようだ。洞窟で膝を丸める戦士たちは、皆一様に黙りこくっている。 遠い東のフィラデルフィアの王で、王の中の王、皇帝を名乗る男がいた。 彼の権勢は凄まじいものだ。若い頃、優れた軍略家だった彼は国内の諸侯を切り従え、 逆らう者には死を、従う者には完全なる支配を与えていた。 数万の軍勢を手足のように操り、人間はおろかドワーフ、エルフ、オーク、 ゴブリンといった諸族さえもその威光に従わせた彼は、 フィラデルフィアは元よりサルデス、エペソ、そしてラオデキアと言った諸外国の諸侯にまでも、 その支配圏を広げていた。 その英邁なる王も、年老いて行き先短くなると迷いが生じた。 一体誰に囁かれたかは解らぬ。 だが王は手を出してはならぬ秘宝『竜漿石(カーバンクル)』に魅せられた。 富と栄光をもたらすとも、この世の全ての叡智をもたらすとも、 不老長寿を授けるとも言われている『竜漿石(カーバンクル)』。 だがそれは数千年の年を経た竜の脳髄でしか結晶しないと言われている。 皇帝は布告した。自らの領土は元より七つの王国に属する全ての世界に。 『竜漿石(カーバンクル)』を献上せよ。さすれば望むもの全てを与えよう。 腕に覚えのある者は布告に答えた。 腹に一物を秘める魔法使いは『竜漿石(カーバンクル)』を我が物にせんと暗躍した。 そして財宝を求める者は竜の蓄える財宝を狙った。 竜は世界の至る所に存在した。普通の人間ではかなわぬ超常の力を持つ竜は、 人や亜人間(デミヒューマン)たちのテリトリー以外のところで自分たちの縄張りを持っている。 最強の生物であるゆとり故か、繁殖期以外は単独で生活する彼ら。 今までは誰も正面から戦おうとはしなかった。だが時代は変わった。 皇帝の号令がなくとも早晩、人や亜人間(デミヒューマン)たちと竜は対決する運命にあった。 次第にその数を増やし、力を増していく諸族は自分たちの領域を拡大し、 より大きな力を得る為に日々努力する。森を切り開き、沼地を埋め立て、荒れ地を耕す。 耕作地を広げ、鉱山を開き、自分たちの世界を広げていく。 彼らの領域の外側に縄張りを持っていた竜には耐えられない事だ。 自分たちが愛した森を、沼地を、荒野を、山を、諸族は荒らし破壊していく。 諸族と竜の対決に皇帝の布告が口火を切ったのだ。 腕に覚えのある戦士。知恵ある魔法使い。竜の脅威にさらされる辺境の人々を守る僧侶。 諸族の勇士たちは種族の垣根を乗り越え、手を携えて竜を狩りたてていった。 殺される竜の大半はまだ幼年期を脱しない幼生がほとんどだった。それでも普通の獣とは違う。 子供でも力は強く、初歩的な魔法も扱い、そして強力な息(ブレス)を吐く。 一対一ではとてもかなわぬ。それで人々は知恵を回した。 一対一でかなわぬなら徒党を組んで、それでもかなわぬなら罠を張って仕留めればいい。 ついに彼らは忌まわしい事に組織的に竜を狩りたてる方法を編み出したのだ。 おびただしい数の竜が殺されていった。 大半は幼い竜であり『竜漿石(カーバンクル)』とは無関係に殺されていった。 人々の狙いは富と名声だ。財宝を蓄える竜を滅ぼし、それを盗み、 竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の英雄として人々の尊崇を受ける事。誇り高く、 単独で生活を続ける竜たちには、組織的に向かってくる人間に対して為す術がなかった。 一体一体の力は絶大な物があるから、それを誇って人の力など馬鹿にする。 それ故に孤立し、一体一体が確実に殺されていく。布告が出されてから五年。 『竜漿石(カーバンクル)』は相変わらず見つからなかったが、 世界から誇り高い竜の姿は消えようとしていた。 |